相撲で一門という言葉を聞く人は多いんじゃないでしょうか
しかし、一門についてあまり詳しく知っていない人も多いと思います。
そこで、今回は「相撲における一門」について徹底解説していこうと思います
そして、2014年~2018年まで存在した幻の6つ目の一門「貴乃花一門」がどのように形成され、そして解体、それに伴う協会のルール変更へと至ったのかも解説します
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そもそも一門とは?
一門とは、伝統的に継承される複数の相撲部屋が集まってお互いに助け合うためのグループのことを言います
「力士の育成」や「相撲部屋を運営するために必要なノウハウ」を提供し合っているのも一門の特徴です。そのため、一門で連合稽古をすることもあり、ほかの一門所属の力士よりも交流が深いと言えます
これら以外にも「一門」同士には繋がりがあって、「横綱」がいる部屋に他の幕内力士がいない場合、横綱土俵入りの「太刀持ち」「露払い」を他の一門の幕内力士に頼むということがあります
このように相撲部屋の域を超えてお互いを助け合い、稽古をして高め合っている存在だと言えますね
現在は「部屋別総当たり戦」に
ここまで、相撲の「一門」について解説しました
「一門」がお互いを助け合うためのグループだということが分かったと思います
そこで、大相撲本場所の取組で「一門」同士の取組はあるのか?という疑問を抱く人も多いんじゃないでしょうか?
結論、「同じ一門同士で取組は行われます」
なぜかというと、現在の相撲界では「部屋別総当たり制」の対戦形式が組まれているため「同じ部屋同士の力士の取組は組まれない」代わりに「同じ一門同士の力士の取組は組まれる」という構成になっています
これは、昭和40年(1965年)・一月場所から導入された制度で、それ以前は「一門系統別総当たり制」となっていたため、同じ一門同士の取組は行われていませんでした
しかし、「部屋別総当たり制」と言っても例外があって、優勝決定戦では力士の成績次第で同部屋対決が行われることがあります
過去には、千代の富士関ー北勝海関(九重部屋対決)の対戦や貴乃花ー若乃花(二子山部屋対決)が行われていて、力士にとっては胸の痛む取組だということがわかります
小ネタ
貴乃花ー若乃花に関しては、兄弟子・弟弟子以前に実兄弟であるため、兄である若乃花は現役を引退した今でも「あまり、見たくないし振り返りたくない一番だ」と述べています
一門の数
現在、一門は5つ存在しています

そして、2018年からはすべての相撲部屋はこの5つの一門のどれかに必ず所属しなければいけないというルールができています
以下では、この5つの一門についてそれぞれの特徴を解説していきたいと思います
出羽の海一門(でばのうみいちもん)
出羽の海一門は大相撲の中でも最も歴史が深く、影響力のある一門です

出典:Wikipedia、出羽の海部屋、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E7%BE%BD%E6%B5%B7%E9%83%A8%E5%B1%8B
代表的な部屋
- 出羽の海部屋
- 春日野部屋
- 立浪部屋
- 藤島部屋
- 武隈部屋
- 玉ノ井部屋
- 二子山部屋
2026年2月25日時点で14の部屋が所属しています
現役力士では、横綱・豊昇龍、元大関・御嶽海などが所属しています
かつては、栃錦や北の湖、武蔵丸など名横綱を輩出していました
2026年2月時点の総帥は出羽の海親方(元:前頭2枚目・小城ノ花)です
日本相撲協会の歴代13人の理事長のうち、出羽の海一門所属者が7代6人を占めており、その影響力を象徴しています
また、この一門は「相撲部屋の保守本流」「独立を許さないほど規律が厳しい」として語られることが多く、独立をしようとするものは「破門」するという厳しい体制でした
しかし、現在ではそのような規制はほぼなくなっていると言えます
小ネタ
11代九重親方である元横綱・千代の山は独立を試みた結果破門されたという事例があります。そして、分家独立して出羽の海一門から高砂一門へ所属した結果、北の富士や千代の富士、北勝海などを輩出した現在まで至る九重部屋になったというわけです。
さらに、14代武蔵川(元横綱・三重ノ海)が1981年に独立して以来、独立が相次ぐようになっていきました。
二所ノ関一門(にしょのせきいちもん)

出典:Wikipedia、二所ノ関部屋、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E6%89%80%E3%83%8E%E9%96%A2%E9%83%A8%E5%B1%8B
二所ノ関一門は、大相撲の歴史の中では新勢力の位置づけにあたります
しかし、最近では最も勢いのある一門という声も多くあります
かつては、横綱・玉錦や関脇・玉ノ海などの関取を育て上げており、大きく「両国系」と「阿佐ヶ谷系」に分かれています
- 両国系:「昭和の大横綱」と称される大鵬や玉の海、琴櫻などの横綱を輩出
- 阿佐ヶ谷系:初代若乃花を含む、8人の横綱と5人の大関を輩出
どちらも伝統があり、名横綱を輩出している素晴らしい系統です
代表的な部屋
- 佐渡ヶ嶽部屋
- 片男波部屋
- 芝田山部屋
- 錣山部屋
- 二所ノ関部屋
- 常盤山部屋
現役力士では、横綱・大の里や大関・琴櫻などが所属しています
かつては「千代の富士のライバルとして活躍した隆の里」や「千代の富士の連勝記録を53でとめた大乃国」、そして旧二子山部屋の若貴兄弟などの名横綱が活躍していました
2026年2月時点の総帥は二所ノ関親方(元:横綱・稀勢の里)です
2021年12月、二所ノ関一門のトップであった元:大関・若嶋津が「二所ノ関」を元:横綱・稀勢の里の荒磯親方に譲り、稀勢の里が二所ノ関一門のトップとなりました
その背景には、元:横綱・稀勢の里の二所ノ関親方を将来の相撲協会理事長にし、「相撲界の顔」としたいという相撲界の意向があると言われています
最近では、大の里が横綱になったことでこれからより一層勢力を拡大していきそうな一門ですね
小ネタ
現在の二子山部屋は若貴兄弟が所属していた二子山部屋(旧藤島部屋)とは、全く違う部屋なんです。そのため、現在の二子山部屋は一門も二所ノ関一門ではないんです。
現在の二子山部屋は二子山親方(元:大関・雅山)が名門であった二子山部屋の名跡を引き継ぎたいという思いから名付けた部屋です。なので、旧二子山とは組織上また別の部屋なんですね。
時津風一門(ときつかぜいちもん)
時津風一門は昭和の時代に「相撲の神様」と呼ばれ、前人未到の69連勝という大記録を保持している第35代横綱・双葉山が設立した双葉山相撲道場が起源です
ここに、伊勢ノ海部屋と井筒部屋が合流して設立されました

出典:Wikipedia、時津風部屋、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%82%E6%B4%A5%E9%A2%A8%E9%83%A8%E5%B1%8B
時津風一門に所属している部屋
- 時津風部屋
- 伊勢ノ海部屋
- 追手風部屋
- 荒汐部屋
- 音羽山部屋
現役力士では、関脇・霧島、兄弟力士として人気を誇る若元春、若隆景などが所属しています
かつては元:横綱・鶴竜(現:音羽山親方)が活躍していました
時津風一門の総帥は時津風親方(元:前頭・土佐豊)です
高砂一門(たかさごいちもん)
高砂一門は1番歴史のある一門で、明治初期から存在しています

出典:Wikipedia、高砂部屋、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%A0%82%E9%83%A8%E5%B1%8B
高砂一門に所属している部屋
- 高砂部屋
- 九重部屋
- 錦戸部屋
- 八角部屋
現役力士では、元:大関・朝乃山や千代翔馬などが所属しています
かつては、千代の富士、北勝海、朝青龍などの名横綱が活躍していました
2026年2月時点の総帥は高砂親方(元:関脇・朝赤龍)ですが、元:横綱・北勝海は現在相撲協会の理事長です。そのため、実質的には八角親方がトップとされています。
伊勢ケ濱一門(いせがはまいちもん)

出典:Wikipedia、伊勢ケ濱部屋、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%8B%A2%E3%83%B6%E6%BF%B1%E9%83%A8%E5%B1%8B
伊勢ケ濱一門は4代立浪が出羽の海一門に所属する春日野部屋から独立して立浪部屋を設立したことに遡ります
その後、伊勢ケ濱、高島、朝日山の4部屋が集まって一門となるが、2007年に閉鎖
そして元:伊勢ケ濱親方(元:横綱・旭富士)が安治川部屋を名門伊勢ケ濱部屋へ再興し、立浪部屋との連合から独立したことをきっかけに、現在の伊勢ケ濱一門が形成されました
伊勢ケ濱一門に所属している部屋
- 伊勢ケ濱部屋
- 大島部屋
- 浅香山部屋
- 朝日山部屋
- 安治川部屋
現役力士では、大関・安青錦、熱海富士、翠富士などの人気力士が所属しているほか、
白鵬や日馬富士、照ノ富士といった名横綱を輩出しています
2026年2月時点の総帥は伊勢ケ濱親方(元:第73代横綱・照ノ富士)です
2024年には、この伊勢ケ濱一門に所属していた宮城野部屋(元:横綱・白鵬の部屋)での暴力事件が発生。これにより、宮城野部屋は閉鎖となり宮城野部屋の力士および宮城野親方は伊勢ケ濱部屋へ移ることとなります
小ネタ
また、同年4月に二所ノ関部屋の大の里が、場所前に未成年に飲酒をさせたことが問題となったときに、厳重注意で終わった背景には、二所ノ関一門の相撲界での位置づけを知ると、なぜその程度で済んだのかが何となくわかりますね。
幻の6つ目の一門

出典:Wikipedia、貴乃花部屋、https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E4%B9%83%E8%8A%B1%E9%83%A8%E5%B1%8B
貴乃花一門の形成
これまで紹介してきたように、現在の相撲界での一門の数は5つですが、2014年~2018年にかけて「6つ目の一門」が存在していたことをご存じでしょうか?
それは、「平成の大横綱」として知られている第65代横綱・貴乃花が設立した「貴乃花一門」です
貴乃花は、元々二所ノ関一門に所属していました。しかし、2010年の理事選挙において一門内の事前調整を拒否して勝手に独自に立候補した結果から貴乃花一門の動きは始まりました
この貴乃花の行動に対して
- 15代常盤山親方(元:小結・隆三杉)
- 19代音羽山親方(元:大関・貴ノ浪)
- 18代間垣親方(元:横綱・2代目若乃花)
- 16代大嶽親方(元:関脇・貴闘力)
- 12代二子山親方(元:十両・大竜)
- 12代阿武松親方(元:関脇・益荒雄)
の年寄り6人が貴乃花を支持。
これによって、4部屋および年寄り6人は当時所属していた二所ノ関一門から事実上の破門扱いを受け、貴乃花親方を軸とするグループを形成しました
貴乃花が理事長に当選
貴乃花親方は、2010年の理事選挙ではグループ基礎票7票に加え、二所ノ関一門から1票、立浪一門から2票、計10票を集めて理事長に当選しました
また、2012年の理事選挙でも、基礎票7票に加え、時津風一門から3票、立浪一門から1票、計11票を集めて理事長に連続当選しました
正式な一門へ
二所ノ関一門から破門後は、無派閥の貴乃花グループとして合同稽古を行うなどの活動を行っていました。
そして、2014年には協会から各一門へと支給される助成金が貴乃花グループにも支払われることとなり、「貴乃花一門」に名称を変更しました
これは、1945以来の新しい一門の誕生となり、長らく5つだった一門は6つに増えることになりました
破綻
しかし、2017年に発生した元:横綱・日馬富士による貴ノ岩への暴行事件により、貴乃花一門の運命が左右していくこととなりました
この事件の処理を巡って、貴乃花親方は執行部を対立し。理事から2階級降格(役員待遇)処分を受け、理事を解任されるまでに至ってしまいました
ただ、これと同時に
時津風一門から20代錣山(元:関脇・寺尾)、19代立田川(元:小結・豊真将)、23代湊(元:前頭・湊富士)
の3年寄が貴乃花を支持し、一門の系列の年寄は11名となりました
このように、貴乃花一門は破竹の勢いで展開していったことがわかりますね
しかし、相撲協会からの圧力と決定的な対立の末、2018年4月19日に貴乃花親方は一門から看板を下ろしたいと申し出ました
これに、一門内の各親方は了承し、2018年6月23日に貴乃花一門は12代阿武松親方(元:関脇・益荒雄)を中心とした阿武松グループへと改名していきました
そのため、貴乃花一門であった親方衆は阿武松グループとして一門所属をしないまま活動を行うことを決めたのです
相撲協会のルール変更
貴乃花一門として革命を起こしていった内の残された「阿武松グループ」は、これから阿武松グループとして正式な「一門」ではないももの、「一門」同様の動きをしていこうと考えていた矢先に
2018年に相撲協会の理事会で、「すべての部屋は5つの一門のどれかに所属しなければいけない」というルールが決まりました
このルールは貴乃花一門の出来事がきっかけだったんですね
このルールによって貴乃花一門から残った阿武松グループは二所ノ関一門へ加入することとなりました。これによって旧貴乃花一門は実質的に消滅し、一門の数も現在の5つに戻りました。
貴乃花親方引退
2018年10月1日には、一門の創設者であった貴乃花親方が日本相撲協会を退職
貴乃花親方の突然の引退は、これまで説明してきたように弟子の暴行事件への関与だけでなく、一門の問題による相撲協会からの圧力や対立が関係していました
阿武松グループ解体
そして、貴乃花部屋は当時の千賀ノ浦部屋に吸収される形で消滅
阿武松グループ所属であった親方の内、立浪親方を除く親方衆は二所ノ関一門に復帰
立浪親方は出羽の海一門にそれぞれ移籍することが相撲協会からも正式に承認され、旧貴乃花一門である阿武松グループも完全に消滅することとなりました
まとめ
今回は、相撲における「一門」について解説していきました
稽古やノウハウを提供するだけでなく、処分の差や貴乃花引退の理由に一門が関係していたことがわかりますね。
ぜひ、相撲を見る上で「一門」を意識して見てみてください
相撲がもっと深く、面白くなっていくと思います!


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