相撲を見ていると番付に東西という文字を見ることがあります
相撲における東西はとても重要な意味を持っていて、その東西の由来を知りたいと思う方も多いと思います
そこで、今回は相撲の東西の由来について解説していこうと思います
相撲の東西の由来とは?
相撲の東西は織田信長が由来
相撲の東西の由来にはいくつかの説がありますが、織田信長が起源という説が最も有力です
安土城での上覧相撲

出典:Hatena、個別「織田信長の上覧相撲」の写真、画像 、https://f.hatena.ne.jp/msystem/20150906153330
織田信長は大の相撲好きとして知られており、安土城で上覧相撲を何度も開催していました
この開催の中で、東方から土俵にあがった伝蔵(豊浦冠者行實の子孫)と、西方から土俵にあがった常楽寺の右馬次郎(うめじろう)に対してそれぞれ「東」という姓と「西」という姓を与えたと言われています
この東西の姓が相撲の東西の由来であると言われています
江戸勧進相撲の東西が与えた影響

江戸初期の相撲は今日の相撲形態のように、東西共に日本相撲協会という同じ団体のもとに組織された形式ではありませんでした
当時は、今の東方にあたるものを「勧進方」、西方にあたるものを「寄方」と言いました。
これらは共に別々の団体で、この二つの団体が東西に分かれて相撲を取っていました。
さらに、相撲興行の大元となる集団が勧進方(東方)となり、それに対抗するもう一つの集団を寄方(西方)と言いました
例
京都・大阪の力士が江戸で興行を行ったとき、江戸が勧進方で京都・大阪が寄方と言いました
そして、勧進方が負けると弓を奪われるというリスクがありました
この勧進方と寄方の制度から番付上での東西制度が生まれ、現代の東西制にまで残っています
現代の大相撲での東西のルール
番付上の東西制
現代の大相撲の番付は東西に分けて構成されています
東が格上
番付上は東の番付にいる力士の方が格上です
そのため、「西の横綱」よりも「東の横綱」の方が番付上は格上ということになります
花道と支度部屋
大相撲の花道と支度部屋も東西に分かれています
これは、「番付に合わせて東の力士は東の花道・支度部屋を使用する」というルールによって決まっています
なぜ東が格上なのか?
天皇などの高貴な人が南を向いて座ったときに、当人から見て「左側」が東(太陽が昇る方角=陽)、「右側」が西(太陽が沈む方角=陰)になるため、太陽が昇る方角である東の方が格上とされました
まとめ
相撲の東西がどのようにして誕生して、その背景にはどのような事柄があったのかを解説しました
現代の相撲で東西制が起用されている理由と東の方が格上な理由について知れた人が多くいたら良いです


コメント