現代では日本の国技として知られている相撲の起源は何なのか?
相撲を調べていく中で起源を知りたいと思う方も多いと思います
そこで、今回は「相撲がどのように誕生したのか?」という歴史を解説していこうと思います
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相撲の起源
1500年以上の歴史がある相撲の起源は文献が残っていないケースもあるので様々な説がささやかれますが、大きく分けて3つの説があります
- 『古事記』(こじき)
- 『日本書紀』(にほんしょき)
- 相撲節(すまひのせち)
『古事記』(こじき)が相撲の起源

相撲の起源を探る中で『古事記』(こじき)に出てくる神々の「力くらべ」が起源だと言われています
『古事記』のなかの「国譲り」の神話
高天原(たかまがはら)の主宰神(しゅさいしん)であるアマテラスは、自身の孫であるニ二ギに葦原中津国(あしはらのなかつくに)を支配させるために、タケミカヅチを使節として派遣をしました
そして、その地を元々支配していたオオクニヌシに帰服(服従するように)を勧告するが、オオクニヌシは従う意向を示したものの、その子であるタケミナカタは納得をせず、タケミカヅチに「力くらべ」を挑みました
この、「タケミナカタ」と「タケミカヅチ」の決闘が『古事記』上の「力くらべ」です
『古事記』上の「力くらべ」
出雲国伊那佐浜(いずもいなさのはま)(現:島根県簸川郡大社町(ひかわぐんたいしゃ)において立ち合った二神は、互いの手を取り合って力くらべをするが、タケミカヅチはいともたやすくタケミナカタを投げ飛ばしました
敗れたタケミナカタはその場から逃走し、科野国須羽の地(しなのすわ)(現:長野県諏訪市)でタケミカヅチに追われ、ついに降伏。
タケミナカタは服従と隠遁(交わりを絶って俗世間からのがれて暮らすこと)を約して諏訪社にまつられました
『日本書紀』(にほんしょき)が相撲の起源

相撲の神様として祀られている野見宿禰(のみすくね)
相撲の神様として祀られている野見宿禰(のみすくね)が登場する日本書紀が「相撲」の起源であるという説があります
野見宿禰(のみすくね)と当麻蹴速(たいまのけはや)の決闘
垂仁天皇七年七月七日、天皇によって召された宿禰(すくね)はクェハヤ(当麻蹴速:たいまのけはや)と対戦し、勝利した野見宿禰は日本相撲の始祖(神)として祀られることとなりました
そのため、現代でも両国の野見宿禰神社(のみすくねじんじゃ)には相撲の始祖(神)として野見宿禰(のみすくね)が祀られています
相撲節(すまひのせち)が相撲の起源

相撲節とは?
相撲節とは相撲節会(すまひのせちえ)とも呼ばれていた行事で、八世紀にはじまり、十二世紀に断絶するまでのおよそ400年間、奈良・平安時代を中心に朝廷の年中行事として行われていた、諸国から有力な相撲人を宮中に集め、天候の温順と五穀の豊穣を神仏に祈るための一つの祭、儀式のことです
日本書紀と相撲節の起源の違い
相撲節が現代の相撲の起源と言われているのは、400年の間に熟した相撲節で生まれた様々な様式が、後世の相撲に決定的な影響を及ぼしているという点があるためです
そのため、上記で記した『日本書紀』が相撲の始まりそのものの起源だとすると、『相撲節』は現代にまで続く相撲の様式や所作の基本に関する起源と言えます
まとめ
相撲の起源には
- 『古事記』(こじき)
- 『日本書紀』(にほんしょき)
- 相撲節(すまひのせち)
の3つがあるということを解説しました
1500年以上の歴史がある相撲は『日本書記』から始まり、『相撲節』で現代にまで続く儀式が伝わりました
そのため、現代の相撲の所作や儀式を紐解いていくと、相撲節の歴史を多く語れる部分があります
【相撲の歴史に関してはこちら】




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